自然のリズムに寄り添って生きていく。

キャビンアテンダントから料理家に転身し、広告、雑誌、料理教室など幅広いフィールドで活躍するtiesの遠藤千恵さん。カラダと大地はつながっているという意味をもつ「身土(しんど)不二(ふじ)」を大切にしているという彼女に、料理家になったきっかけや季節を愉しむ植物との暮らし方について伺いました。

褒め上手なお母さんの策略

 

人が何かに夢中になるとき、何かしらの“きっかけ”があるもの。料理家の遠藤千恵さんの場合は、子供のころお母さんに言われたある一言でした。

「私は兄と弟の3人兄妹なんですが、両親が共働きだったこともあって、なんとなくの流れで私がみんなのご飯をつくることになったんです。そのときのメニューは授業で習ったカレーライス。習った通りにつくっただけなのに、母がべた褒めしてくれたんです。『天才! こんなにおいしいカレーをつくってくれてママはうれしい』って」

当時を振り返りながら、「母は乗せ上手でした(笑)」とにこやかに笑う遠藤さん。お母さんの策略に見事はまった小学生の彼女は、それをきっかけに料理の楽しさに目覚め、「いつか料理に携わる仕事がしたい」という思いをひっそりと胸に抱いたのです。

しかし、大学卒業後に彼女が選んだのは料理関連ではなく、キャビンアテンダントでした。

「まったく脈絡がないと思われそうなんですが、実は私の中ではつながっていて。就職活動中に自己分析をしたら、私は“人に何かをして喜んでもらうことが好きなんだ”と改めて気付いたんです。当時の私にとっての料理は、いつかできたらいいなというぐらいのぼんやりとしたものだったので」

仕事とは何か、ホスピタリティとは何か――。遠藤さんは、キャビンアテンダントの仕事を通し、大切なことをいくつも学んだそう。そして10年間キャビンアテンダントとして過ごしたあと、遠藤さんはついに料理の道へ。イタリアンやマクロビオティックなどの店舗勤務を経て、料理家としてのキャリアをスタートさせたのです。

カラダと大地はふたつにあらず

 

そんな遠藤さんが大切にしているのが、「身土(しんど)不二(ふじ)」という考え方です。

「カラダと大地は2つにあらず…つまり、つながっているという意味なんです。暑いところに行くとバナナやマンゴーが良く育ち、寒いところでは、ゴボウやジャガイモなどの根菜が豊富。前者はカラダを冷やし、後者は温めてくれる作用がある。その土地の気候風土にあった作物がそこには実るんですね。だから私たち人間も、自然の流れに沿って生きていくことが理にかなっていると思うんです」

その根っこにあるのは祖母の影響が少なくないと遠藤さん。味噌や梅干しは自家製で、お弁当の具材も、玄米、ひじき、切り干し大根などが中心だったのだとか。

「子どものころは茶色い料理ばかりとその良さに気付けませんでしたが、祖母はその季節の旬を取り入れた日本の気候風土にあった料理を出してくれていたんだなって。そしてそれが祖母の最大限の愛情でもあったんです。私が作った料理も、召し上がってくださる方のお腹だけでなく、願わくば心を温めるものでありたいと思っています」

5年経ってつかめた森のリズム

 

遠藤さんの料理には“定番”がありません。もちろんいくつもレパートリーはあるのですが、素材は近所でお手伝いしている畑やお付き合いのある農家さんに旬の食材をおまかせしているそう。

「そういう旬のものを皆さんに料理としてお届けするのが私の使命。普段、首都圏にいると自然を感じることはなかなか難しいですが、料理として召し上がっていただくことで、みなさんにもそれを感じてもらえたらと思います。たくさんの野菜を見ることが私のエネルギー源。野菜を見ると畑の状況とかいろんなことがわかるんですよ」

トウモロコシの実の付き方や、オクラの膨らみ具合。こうしたほんの些細なことからも自然のエネルギーや、それを実らせる農家の人たちの思いを感じることができると遠藤さんは話します。

そんな旬の食材を大切にする遠藤さんのお部屋に飾られた植物たちは、お気に入りの近所の森やお手伝いしている畑で摘んできたものだそう。飾られている植物たちは、枝が曲がっていたり葉っぱが虫に食べられていたりと、どれも花屋ではまず見かけることはない個性豊かなものばかり。

「森や畑にはインスピレーションをもらいに行くことも多いのですが、そこではその季節を感じる植物を選んでいます。セレクトはすべて感覚で、自分がいいなと思ったものをカットして飾っています。虫に食われた葉っぱもかわいいですよね。私が近くの森に通うようになって早5年が経つんですが、ようやく森のリズムがつかめるようになりました。そろそろ桜の時期だな、桜が終わるとサンショウの葉っぱが採れるぞとか、森が自然のリズムを気付かせてくれるんです」

遠藤さんは、「植物って季節もそうだし自分の心の状態を写しだす鏡なのかもしれませんね。心に余裕がある時は不思議とお部屋の植物も充実します(笑)」と話します。その言葉通り、彼女の取り繕うことのない自然に寄り添った暮らし方は、お部屋に飾られた植物にもしっかりと表れているのです。